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東京地方裁判所 平成5年(ワ)2444号 判決

原告 富家孝

右訴訟代理人弁護士 池田道夫

被告 尾谷良行

右訴訟代理人弁護士 荻原静夫

被告 株式会社山梨ふるさと文庫

右代表者代表取締役 岩崎征吾

右訴訟代理人弁護士 柴山聡

同 中込博

主文

1  被告尾谷良行は、原告に対し、金九四万三二〇四円及びこれに対する平成五年三月五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告尾谷良行に対するその余の請求及び被告株式会社山梨ふるさと文庫に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、原告と被告尾谷良行との間においては、原告に生じた費用の四分の一を被告尾谷良行の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告株式会社山梨ふるさと文庫との間においては、全部原告の負担とする。

4  この判決第1項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金三五四万三二〇〇円及びこれに対する平成五年三月五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、別紙目録(二)記載の新聞に、同目録記載の体裁で、別紙目録(一)記載の謝罪広告を各一回掲載せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第1項につき、仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、医師であり、スポーツ医学関係で名を知られ、日本女子体育大学助教授、早稲田大学講師、新日本プロレスのリングドクターなどをする他、テレビ出演、著作、講演等の活動をしている者である。

(二) 被告尾谷良行(以下「被告尾谷」という。)も医師であって、スポーツ医学関係で名を知られた者であり、被告株式会社山梨ふるさと文庫(以下「被告会社」という。)は出版社である。

2  原告の著作権

(一) 原告は、月刊誌「宝石」一九九一年七月号(光文社発行)の三二四頁から三三〇頁に「三十三歳からのぐうたら健康法」と題する著作(以下「本件著作物」という。)を発表した。

(二) 本件著作物には、別紙対照表の上段(原告の表現)記載のとおりの記述がある。

3  被告尾谷の行為

(一) 被告尾谷は、平成四年五月一〇日、被告会社から、「あした元気になあれ Dr尾谷のやさしいスポーツ医学」と題する書籍(以下「被告書籍」という。)を刊行した。

(二) 被告書籍中の「わたしの『ぐうたら健康法』のすすめ」と題する文章 (一八八頁から一九七頁、以下「被告著作物」という。)には、別紙対照表の下段(被告の表現)記載のとおりの記述がある。

4  著作権(複製権)の侵害

(一) 本件著作物と被告著作物は、別紙対照表記載のとおり、記載事項が同一であり、表現自体が同一または類似であるが、これは、被告尾谷が、本件著作物を利用して、被告著作物の原型となる小冊子(乙第五号証)を作成し、これらの参考資料を元にして、被告会社が、被告尾谷の代筆者として被告著作物を完成させたか、または、被告会社が被告尾谷の原稿に、右参考資料を元にして手入れをしたうえ、被告著作物を完成させたことによるものであり、被告尾谷が被告著作物を含む被告書籍を出版することは、本件著作物の複製権を侵害するものである。

(二) 被告会社は、被告著作物を実質的に作成するにあたり、本件著作物を参考資料として利用し、注意を払えば被告書籍の発行が原告の著作権を侵害することを知りえたはずであったのに、過失により、これを知らず、原告の権利を侵害した。

5  著作者人格権の侵害

(一) 被告らは、被告書籍において、本件著作物と同一性のある被告著作物をあたかも被告尾谷の著作にかかるかのように表示し、原告の氏名表示権を侵害した。

(二) また、被告らは、被告著作物において、本件著作物及びその題号を原告に無断で変更、切除その他の改変をなし、原告の同一性保持権を侵害した。

6  名誉毀損

原告は、本件著作物のみならず、それ以前の著作物や新聞、講演などで、自己の持論として、「ぐうたら健康法」を展開していた。

被告らの前記行為により、これがあたかも被告尾谷の創造によるかのように表示され、原告の名誉が毀損された。

7  損害

(一) 著作権侵害による損害

(1)  被告書籍は、定価一五〇〇円で、少なくとも三〇〇〇部刊行された。

(2)  被告らは、その売上四五〇万円の少なくとも五分の一に当たる九〇万円の利益を得た。

(3)  被告書籍は二〇七頁から成り、そのうち本件著作物を侵害した部分は一八八頁から一九七頁までの一〇頁であり、被告書籍の頁数の四・八パーセントに当たる。

(4)  したがって、原告は、九〇万円に四・八パーセントを乗じた四万三二〇四円の損害を被ったものと推定される。

(二) 著作者人格権侵害による損害

原告は、前記5のとおり、著作者人格権を侵害され、精神的苦痛を被った。これを慰謝する慰謝料としては、一〇〇万円が相当である。

(三) 名誉毀損による損害

原告は、前記6のとおり、名誉を毀損され、精神的苦痛を被った。これを慰謝する慰謝料としては、二〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用

原告は、訴訟代理人弁護士に、本件訴訟の提起を委任した。原告の支出する弁護士費用のうち、五〇万円は、被告らの行為により被った損害といえる。

(五) 右(一)ないし(四)の合計は三五四万三二〇四円となる。

8  謝罪広告

被告らの原告の著作者人格権の侵害及び著作者の名誉侵害により毀損された同人の名誉ないし声望を回復するためには、著作権法一一五条、民法七二三条により、被告らに謝罪させ、これを広告する必要がある。

9  よって、原告は、被告らに対し、著作権侵害及び名誉毀損の不法行為による損害賠償請求権に基づき各自右7(五)の内金三五四万三二〇〇円及びこれに対する不法行為の後である平成五年三月五日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求めるとともに、著作権法一一五条、民法七二三条に基づき、別紙目録(二)記載の新聞に、同目録記載の体裁で、別紙目録(一)記載の謝罪広告を各一回掲載することを求める。

二  請求原因に対する認否

〔被告尾谷〕

1 請求原因1(一)のうち、原告が医師であり、プロレスのリングドクターをしていることは認め、その余の事実は知らない。

請求原因1(二)の事実は認める。

2 請求原因2の事実は認める。

3 請求原因3の事実は認める。

4 請求原因4(一)のうち、本件著作物と被告著作物は、別紙対照表記載のとおり記載事項の趣旨と思想に類似性があることは認め、その余は否認する。別紙「対照表について(被告尾谷の主張)」記載のとおり、被告書籍は医学上の常識を記載したものであるし、表現が違っている。

請求原因4(二)は否認する。

5 請求原因5の事実は否認する。

6 請求原因6の事実は否認する。本件著作物に出ている考え方は、健康医学の分野で既に常識となっており、被告尾谷が昭和五五年ころ著述したものがあり、また平成元年二月一〇日発行された原告と被告尾谷の共著である「らくらく健康法」の中でも取り上げられたものであって、原告独自の考え方ではなく、それを被告尾谷の創作であるかのように表示したことにはならない。

7 請求原因7(一)のうち(1) 及び(3) の事実は認め、(2) 及び(4) の事実は否認する。被告らは、利益を得ていない。

請求原因7(二)ないし(四)の事実は否認する。

8 請求原因8の事実は否認する。

〔被告会社〕

1 請求原因1(一)の事実は知らない。

請求原因1(二)の事実は認める。

2 請求原因2の事実は認める。

3 請求原因3の事実は認める。

4 請求原因4(一)の事実は否認する。

請求原因4(二)の事実は否認する。

被告書籍中の被告著作物は、平成三年一二月一六日、被告尾谷から講演用 資料(乙第五号証)の交付を受け、被告会社の社員である岩崎政彦において右原文を生かす形で元原稿を作成し、これに被告尾谷が加筆訂正したうえ、完成したものである。その際、被告会社は、本件著作物の交付を受けていないし、被告会社としては著者が他人の著作権を侵害していないことを当然の前提として、出版契約を締結したものであり、山梨県内を対象とした零細な出版社である被告会社が、数年前の雑誌記事にまで目を通すべき義務があるということはできない。

5 請求原因5の事実は否認する。

6 請求原因6の事実は否認する。

7 請求原因7(一)のうち(1) 及び(3) の事実は認め、(2) 及び(4) の事実は否認する。被告らは、利益を得ていない。

請求原因7(二)ないし(四)の事実は否認する。

8 請求原因8の事実は否認する。

三  抗弁(被告尾谷--使用許諾)

原告と被告尾谷は、昭和六三年知り合い、互いに情報の交換をしあうこと、研究発表や仕事面で協力しあうこと、互いの著作を利用しあうことを合意した。平成三年九月ころ、被告尾谷は原告に対し電話で、本件著作物に共鳴するところがあるから使わせて欲しい旨申入れ、原告は承諾した。その後も、原告と被告尾谷が京王プラザホテルで会った時、被告尾谷は、原告に対し、本件著作物がよくまとまっているので、講演時に使わせて欲しい旨申入れ、原告はこれを了承した。

したがって、見出しの一部の借用は、これを包括した同意を得ていたものであり、本にするとき改めて断る必要性はない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

〔以下、認定に供する証拠は、いずれも成立に(写のものは原本の存在及び成立ともに)争いがない。〕

一  甲第六号証及び原告本人尋問の結果によれば、請求原因1(一)の事実が認められる(原告が医師でプロレスのリングドクターであることは、原告と被告尾谷の間で争いがない。)。

請求原因1(二)の事実は当事者間に争いがない。

請求原因2(原告の著作権)及び3(被告尾谷の行為)の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因4(複製権の侵害)及び抗弁(使用許諾)について

1  甲第一号証、甲第二号証、乙第五号証、乙第六号証、乙第二四号証、丙第一号証、丙第二号証、原告本人及び被告尾谷本人尋問の結果に前記認定の事実を総合すれば、次の各事実が認められる。

(一)  被告尾谷は、東京慈恵会医科大学を卒業した医学博士で、耳鼻咽喉科の医師として開業するかたわら財団法人日本体育協会公認スポーツドクターとして、スポーツ医学をも専門とする医師であるところ、昭和五九年四月から昭和六一年三月までNHK甲府放送局の「私のコラム」という番組の放送で、スポーツ医学についてのラジオ放送を担当していた。

(二)  被告尾谷は、昭和六一年五月ころ、右放送内容をもとにスポーツ医学についての一般向けの本を出版することを思い立ち、そのころ、被告会社との間でこれに関する出版契約を締結した。被告会社の岩崎政彦は、被告尾谷から預かった放送の録音テープをもとに文章化したが、被告尾谷が文章を追加したいというので追加の原稿を待って作業は中断していたところ、平成三年秋頃被告尾谷から被告会社に連絡があり、忙しくて原稿が書けないので手元にある資料を元に原稿をまとめてほしいと申し出があったので、被告会社において被告尾谷から預かった資料をもとにして原稿を作成し、これに被告尾谷が手を入れて、被告書籍のうち、被告著作物以外の部分について出版できる体裁を整えた。

被告尾谷は、その後平成三年一二月一六日、被告会社の岩崎政彦に対し、更に追加原稿用の資料として自分が使用していた講演用資料(乙第五号証)を交付し、岩崎政彦が原文を生かす形で元原稿を作成し、これに被告尾谷が多少の加筆訂正したうえ、完成したのが被告著作物の原稿であり、このようにして原稿がそろったので、被告書籍は、平成四年五月一〇日、発行された。

(三)  これより先、本件著作物は、平成三年六月一〇日発売された月刊誌「宝石」に掲載されたが、被告尾谷は、そのころ、これを読んで興味を持ち、右雑誌を購入した。

(四)  本件著作物は、「三三歳からの『ぐうたら健康法』」と題する文章で、大きく五つの項目により構成されるものであるが、その項目の題目としては、「休日は中年『粗大ゴミ』で結構」(別紙対照表二)、「三十過ぎたら過度のスポーツは禁物」(同九)、「病気になりやすい生活をしていないか」、「ぐうたら九カ条の実践で十分」(同一八)、「睡眠十分に腹八分、スポーツ六分」(同三九)が掲げられている。また「ぐうたら九カ条」が列挙されているが、その二は「規則正しい生活は会社だけでたくさん」、またその四は「効率感覚は欲の深さ」という表現となっており、五つの項目の題目を除く本文は、一行二〇字で四六六行の約九三〇〇字からなる。そして、本件著作物は、その題名やサブタイトル等にあるとおり、中年の働き過ぎや過度のスポーツをいましめ、健康法としては、「ぐうたら九カ条」の「ぐうたら」に徹することがよいという、意識革命を求めることを、データや具体例を挙げて一般人にわかりやすく「だ」、「である」調で表現しているものである。

(五)  被告尾谷は、本件著作物の項目、「ぐうたら九ケ条」の九ケ条の項目及び本文中の論旨の要点を抜き書きするように利用して、講演用資料(乙第五号証)を作成し、地元の諸団体での講演の際、これを講演の出席者にレジュメとして配付したり、手持ちのメモとして利用してきた。この講演用資料が前記のとおり被告著作物の元となったものである。

右講演用資料は、「ぐうたら健康法」と題するもので、本件著作物と比較すると、「頑張るな!疲れたら休むのが一番」というサブタイトル及び「八人に一人が突然死という時代を生き抜くために『ぐうたら』への意識革命を!」という小見出しが同一であり、五つの項目の見出しもまた「ぐうたら九ケ条」の九ケ条の見出しも殆ど同一で、各項目の本文の内容も本件著作物を要約した体裁のものであった。

(六)  これに対し、被告著作物は、大きく六つの項目により構成されるが、その項目の題目としては、「休日は中年『粗大ゴミ』で」(別紙対照表二)、 「三十歳を過ぎたら生活を見直す」(同九)、「肥満に効果のある減量法」、「ぐうたら意識革命を」、「ぐうたら九か条の実践を」(同一八)、「睡眠十分に腹八分、スポーツ六分で快適生活」(同三九)が掲げられており、「ぐうたら九カ条」として列挙されているもののうち、「二 .規則正しい生活は職場だけでたくさん」及び「四 .効率は非効率に通じる」以外の七カ条は本件著作物のそれと全く同一の表現、順序で記載されていて、六つの項目の題目を除く本文は、一行四〇字で一〇八行の約四三〇〇字からなる。また本文の内容も、被告著作物は、本件著作物とほぼ同一の内容を「です」、「ます」調で親しみやすくまとめたもので、被告著作物の本文でこれに対応する本件著作物の本文を見出せないものはほとんどなく、その論を進める順序も二、三箇所が本件著作物の対応する部分と比べて入れ替わっている外は同じである。

2  本件著作物と被告著作物に別紙対照表記載の各記載があることについては、前記のとおり当事者間に争いがなく、別紙対照表において対照されている本件著作物の表現と被告著作物の表現の対比に右1認定の事実及び甲第一号証、甲第二号証を総合すれば、被告著作物は本件著作物の半分弱の長さの文章であるが、項目の題目も、また「ぐうたら九カ条」として列挙されている項目も同一もしくは極めて類似した表現であり、各項目の内容となる本文でこれに対応する本件著作物の本文を見出せないものはほとんどなく、論を進める順序も本件著作物とほぼ同一であること、被告著作物と本件著作物の対応する部分の表現を対比すると、「です」、「ます」調と「だ」、「である」調の違いこそあれ、同一又は類似の表現、言い回しが多くあり、相違点は微細な部分にとどまり、被告著作物は本件著作物から各種の具体例の説明部分以外の部分を概ねそのままの表現、順序で要約したものといえ、全体として、表現の同一性が失われていないものと認められる。

そして、別紙対照表記載の対応部分毎に被告著作物と本件著作物とを対比すれば、同一の統計や医学知識に基づいて同趣旨の思想を表現するとしても、他に多くの異なった表現があり得、別紙対照表記載の表現を採らなければならない必然性もないのに、同一もしくは類似のものとなっており、これらの表現は偶然または必然的に類似したものということはできないところ、前記1の(二)、(三)、(五)のとおり、被告尾谷が本件著作物を読んで興味を持ち、それが掲載された雑誌を購入し、本件著作物の項目、「ぐうたら九ケ条」の九ケ条の項目及び本文中の論旨の要点を抜き書きするように利用して作成し、使用していた講演用資料(乙第五号証)を被告会社の岩崎政彦に交付し、岩崎政彦において右原文を生かす形で元原稿を作成し、これに被告尾谷が多少の加筆訂正したうえ、被告著作物を完成したものであることからすれば、被告著作物は、本件著作物に依拠して、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製したもの、すなわち、本件著作物を複製したものと認められる。

3  そこで、抗弁(使用許諾)について判断する。

被告尾谷は、本人尋問において、平成三年九月ころ、被告尾谷は原告に電話で本件著作物に共鳴するところがあるから使わせて欲しい旨申入れたところ、原告はこれを承諾し、その後も、原告と被告尾谷が京王プラザホテルで会った時、同被告が原告に、本件著作物はよくまとまっているので講演時に使わせて欲しい旨申入れ、原告はこれを了承したとの趣旨を述べ、乙第六号証、乙第二四号証中にもこれにそう部分がある。

そして、乙第六号証、乙第二四号証、原告本人尋問の結果、被告尾谷本人尋問の結果によれば、原告は被告尾谷の大学の後輩で、被告尾谷が大学の助手時代に原告の実習を指導したこともあったこと、両名は昭和六三年頃、人に紹介されて再会して以来、原告が被告尾谷の一般的啓蒙書の出版に協力し、被告尾谷が原告を学会に推薦したり、学会発表に協力する等し、年に数回は会って食事をすることもある親しい関係にあったことが認められるが、講演での使用はともかく、書籍としての複製についての承諾があったとする右被告尾谷本人尋問の結果及びこれにそう乙第六号証及び乙第二四号証の部分は、反対趣旨の原告本人尋問の結果に照らし、たやすく信用できない。また、仮に講演時に使うことにつき承諾を得ていたとしても、口述(講演)と出版による複製とでは、これに接する人数の点でも、内容の再現性、保存性の点でも大きく異なるから、被告書籍として複製出版することまでの承諾があったことにはならない。

他に抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。

4  したがって、被告著作物を含む被告書籍を出版した被告尾谷の行為は、原告の著作権(複製権)を侵害するものといわざるを得ない。

三  請求原因5(著作者人格権の侵害)について

前記のとおり、被告尾谷の行為が、原告の本件著作物の複製権の侵害に当たるものであり、被告著作物の全体が原告の本件著作物の各種の具体例の説明部分以外の部分を概ねそのままの表現で要約して複製して作成されたものと認められるのに被告書籍中には被告著作物の著作者として原告の氏名が表示されていないことは、甲第二号証により明らかである。

したがって、被告尾谷が被告書籍を出版した行為は、原告の氏名表示権を侵害したものといわざるをえない。

また、被告尾谷の右行為は、原告の本件著作物の同一性保持権をも侵害するものと認められる。

四  請求原因6(名誉毀損)について

原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件著作物のみならず、それ以前の著作物や新聞、講演などで、自己の持論として、「ぐうたら健康法」を展開していたことが認められる。

被告尾谷が被告書籍において「ぐうたら健康法」についての本件著作物を原告の氏名を表示することなく利用したことは、前記認定のとおりであるけれども、右行為が原告の著作者人格権の侵害以上に、原告の社会的名誉等を毀損したものとまで認めることはできない。

五  被告会社の責任について

被告書籍中の被告著作物は、被告尾谷が被告会社の岩崎政彦に対し、平成三年一二月一六日、講演用資料(乙第五号証)を交付し、岩崎政彦においてその原文を生かす形で元原稿を作成し、これに被告尾谷が多少の加筆訂正したうえ、完成したものであることは前記認定のとおりであり、乙第二四号証、丙第一号証、丙第二号証及び原告本人尋問の結果によれば、被告書籍の出版までの間、被告尾谷は被告会社に対し、本件著作物を利用したことを話したり、そのコピーを交付しておらず、被告会社としては、被告著作物が本件著作物の著作権や原告の著作者人格権を侵害するものであることを知らなかったことが認められる。

右事実に、被告会社が地方の小出版社であること及び被告尾谷が山梨県では名の知られた医師であることなどを合わせ考えると、被告会社において、被告尾谷の原稿が本件著作物の著作権を侵害するものであるか否かについて、予め広く一般の雑誌記事にまで目を通して調査すべき義務があるということはできない。

したがって、被告会社は、被告書籍の出版による本件著作権侵害及び原告の著作者人格権侵害について過失があったものとは認められず、また、前記のとおり名誉毀損も認められないから、被告会社に対する請求は、その余の点を判断するまでもなく、すべて理由がない。

六  請求原因7(損害)について

1  著作権侵害による損害

被告書籍が定価一五〇〇円で少なくとも三〇〇〇部刊行され、全頁二〇七頁中被告著作物が一〇頁分にあたることは、当事者間に争いがない。しかしながら、被告尾谷が、売上高四五〇万円の五分の一にあたる九〇万円の利益を取得したことを認めるに足りる証拠はない。

他方、原告は、右主張が認められない場合、その著作権の行使につき通常受けるべき使用料に相当する額の金員を自己の損害として請求する趣旨であると解するべきところ、弁論の全趣旨によれば、有力月刊誌の一つである「宝石」に掲載された本件著作物の要約ともいうべき約四三〇〇字、被告書籍中の一〇頁にあたる被告著作物について原稿料として原告が受けるべき使用料は、少なくとも原告の主張する四万三二〇四円を下らないものと認めるのが相当であり、これが原告の著作権侵害による損害額と認められる。

2  著作者人格権侵害による慰謝料

前記認定の著作者人格権侵害の態様及び程度、原告と被告尾谷の地位及び関係、その他本件の諸般の事情を考慮すれば、原告が被った著作者人格権侵害による慰謝料としては、七〇万円が相当である。

3  弁護士費用

原告が訴訟代理人弁護士に本件訴訟の提起を委任したことは、当裁判所に顕著であるところ、本件訴訟の内容、結果等諸事情を総合考慮すれば、原告の負担する弁護士費用のうち、二〇万円が、被告尾谷の行為と相当因果関係のある損害と認められる。

4  以上1ないし3の合計は、九四万三二〇四円となる。

七  請求原因8(謝罪広告)について

著作権法一一五条は、著作者人格権の侵害をなした者に対して、著作者の声望名誉を回復するために適当な措置を請求できる旨を規定するが、右規定にいう声望名誉とは、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的声望名誉を指すものであって、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情は含まれないものと解するべきである。

本件において、被告尾谷の原告に対する著作者人格権侵害行為により、原告の社会的声望名誉が毀損されたことを認めるに足りる証拠はなく、また、被告尾谷の行為が定型的に原告の社会的声望名誉を毀損するものとも認められないから、著作権法一一五条に基づく謝罪広告の請求は理由がない。

原告の民法七二三条に基づく謝罪広告の請求も、民法上の名誉毀損が認められないことは前記認定のとおりであるから、理由がない。

八  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告尾谷に対し九四万三二〇四円の賠償を求める限度で理由があるから認容し、被告尾谷に対するその余の請求及び被告会社に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 高部眞規子 裁判官 櫻林正己は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 西田美昭)

別紙 目録(一)(二)〈省略〉

別紙 対照表について〈省略〉

別紙 対照表

原告の表現

一、「三十三歳からの“ぐうたら健康法”」

二、「休日は中年“粗大ゴミで結構”」

三、「ゴールデンウィークも後半にさしかかった五月三日。タイミングよくというか水を差すというべきか厚生省が“突然死”の実態調査をまとめ、報告した。もちろん、初めての調査結果で、多くのビジネスマンが注目するところとなった。

注目されるのも当然で、対象となったのは、三十歳から六十四歳まで。この間に亡くなった人の死因を調査すると、八人に一人が発症から一週間以内に死んでしまう“突然死”だったというのである。」

四、「さらに、これを死因別に見てみると、原因不明の心不全が三一パーセント、心筋梗塞などの虚血性心疾患が二〇パーセント、併せて五一パーセントまでが心臓の病気。心臓に次いで多いのが脳梗塞や脳出血などの脳血管に関連する病気で全体の約三五パーセント。つまり、心臓と脳の病気が突然死の最大ファクターとなっているのである。」

五、「医師である私が最も注目したのは、三十代の男性に心不全が多く、女性の突然死の約半分が脳血管の病気によるものであるということだ。」

六、「三十代、ここが突然死への一里塚なのである……。……。仕事量も増えるうえに、いわゆる中間管理職としてのストレスが多くなるポストに足を踏み入れる年齢なのである。

仕事が精神的に激務になるのに反比例するかのように、体力は“限界”へと向けて突き進んでいく。」(一ないし六部分までは、三二四頁)

七、「だが、これくらいの甘い言い方では、なかなか認識してくれない。認識してくれないから突然死が問題になるわけで、突然死と決別するためにも、私は“意識改革”“ライフスタイルの変革”を声を大にして提案する。」

八、「休みの日は思い切り休む。……。家でゴロ寝を決め込む中年“粗大ゴミ”を実践すればいいのだ。

題して“ぐうたら健康法”--これこそがストレス社会を生き抜く、最大の生命力維持法なのである。」

九、「三十過ぎたら過度のスポーツは禁物」

一〇、「さて、ここでまずチェックしてほしいのは、長生きするためには健康が必要であり、健康のためにはスポーツが必要だと考えてはいないだろうかということである。」

一一、「人々は『健康になるためにスポーツをする』と考えるが、『健康だからスポーツをする』ほうが正解なのである。」

一二、「実際、私は三十代以上の人々に過度のスポーツを勧めない。それは、この年代の人々には、あまりに多忙で疲れ過ぎているからである。健康、特に寿命を縮める最大の敵は『過労』にある。」

(八ないし一二部分までは、三二五頁)

一三、「ところが、運動の長所が生かせるのは、若くて健康な人だけ。三十代になっても“運動の長所が生かせる”と過信していては危険がいっぱい。」

(一三部分は、三二六頁)

一四、「しかし、ここまで日本人はジョギング好きになったのか。その原因はアメリカにある。『肥満は罪悪。肥満者は社会的落伍者』

こういう価値観がアメリカではできあがっている。つまり“自分の体の管理もできない人間に、仕事ができるはずがない”という考え方である。さらに進めると、『健康でなければインテリではない。肉体がスマートでなければトップに立てない』ということになる。

ここには『ジョギング』イコール『健康』イコール『肥満解消』があるように思える。

しかし肥満を解消したいのならば、ジョギングは効果があるどころか、むしろ逆である。運動が激しくなるにつれ、体の中の糖分の消費率が高くなり、脂肪の消費率が落ちてしまうからだ。

肥満者にいい減量法は食前の軽~い運動。この軽さは、体力の限界の約四割の運動。毎分八十メートルで歩く程度の運動である。時速四・八キロメートルということは、普通に歩く時速四キロメートルよりも、わずかに速い程度で歩くことだが、これが最も脂肪を減らす運動になる。

この程度であれば心臓に負担をかけることもない。」

一五、「間違いだらけのスポーツ健康法のほかに、性格それ自体を“ぐうたら”にするよう意識変革する必要がある。」

一六、「現代社会は非常に多様化した形でストレスが加わってきている。気分転換のへたな人は蓄積したストレスが自律神経やホルモン変調の主因となり、発作を誘発する。」(一四ないし一六部分は、三二七頁)

一七、「ぐうたら健康法は、意識をきちっと変革さえできれば、罪悪感に陥ることがないから、実に簡単に実践できるのである。」

一八、「ぐうたら九カ条の実践で十分。」

一九、「……私は、健康法など持たないのが健康にいちばんよいと考えている。日ごろから、健康をまったく気にしないのが最もいい健康法だと思う。

ぐうたら健康法とは多忙な人々がストレスの多い現代を生き抜くための、最も手軽な極意である。

なにも難しいことではない。これからの九カ条を実践するだけでことは足りる。」

二〇、「〈1〉スポーツはライト感覚で!」

二一、「スポーツはあくまでも心のリフレッシュ程度に考えるのが適当だろう。……。……。こういうライト感覚でスポーツは楽しもう。」

二二、「気分転換のスポーツは、子供の遊びのように気ままにやるのがいい。」

二三、「〈2〉規則正しい生活は会社だけでたくさん!!」

二四、「……。このような無理をしなければならない規則正さこそ、健康を損なうといって間違いない。

健康にとっての問題は、疲れが残るか残らないか、である。多忙な現代人の健康を救うのは不規則な生活であり、常識的に規則正しい生活にとらわれないことだ。たとえば……--こうした臨機応変な生活リズムこそ、現代人にとって大事なリズムである。」

(一七ないし二四部分は三二八ないし三二九頁)

二五、「〈3〉決めない『生活』をつくろう!」

二六、「この『決めること』が健康に悪い。いつも『決めたこと』に追われているからである。

できれば決めることなく、出たとこまかせにしてみよう。仕事も自分の決められる範囲内ではたまには予定を組まない。」

二七、「〈4〉効率感覚は欲の深さ!!」

二八、「効率よく利益をあげるためにコンピュータの導入が行われ、事実、効率はアップしている。この効率のよさがビジネスマンにも求められ、しいてはプライベートな面にまで押し寄せてきている。

スポーツジムなどでも、時計とにらめっこで約一時間、一生懸命運動し、また会社に戻る。これでは逆に体を悪くするばかりだ。」

二九、「〈5〉健康を思えば“ぐうたらホリデー”」

三〇、「一見体によいと思われることをしている人は、何もしない人を「不健康」と決めつけることがあるが、私はそうは思わない。

睡眠や休息を十分とるだけの時間がなければスポーツをする必要はない。睡眠を削って運動すれば、命を縮めるだけ。ここは一番、休日はぐうたらに徹しよう。」

三一、「〈6〉反社会的道楽のすすめ!」

三二、「今の世の中、右も左も真面目人間ばかり、そして、この真面目な努力家ほどストレスに起因する病気をかかえている。現代人の常識からくる病気に勝つには、毒には毒のやり方で、道楽で凌ぐしかないのではなかろうか。ゴルフでも麻雀でも、つきあいや仕事に役立つという発想でするのはいけない。溺れこんでこそ道楽といえる。」

三三、「〈7〉気がむけば歩こう!!」

三四、「『体によいこと』で無難なのは歩くことである。歩行は全身運動だから、心臓を無理なく働かせ、全身の血流をよくする。しかも負担は少ない。……。ただし、この場合も、歩くことが計画的にならないように、あくまでも気が向けば実行すればいいのである。」

(二五ないし三四部分は、三二九頁)

三五、「〈8〉親が死んでも食休み」

三六、「『食べてすぐ寝ると牛になる』と、よく親に注意されたものだが、この逆のことわざに、「親が死んでも食休み」というのがある。生理的には、食後は横になって体を休めるのが健康によい。

……。

肝臓も同じで、その機能を果たすために大量の血液を必要としている。体を横にしてやると肝臓に流れ込む血液の量が二〇パーセントは増加する。その結果、肝臓の細胞を修復する効果も出てくる。ビジネスマンの昼休みは、バレーボール、ジョギングなどと動かず、何もせずに横になっているのがベスト!」

三七、「〈9〉不眠は永眠のはじまり」

三八、「栄養とともに、人間の健康に最も大事なのが睡眠。ストレスの多い今日、不眠を訴える人が多い。が、心療内科の治療を必要とするほど重要な人以外は、あまり気にしないほうがいい。睡眠時間は一般的に七~八時間がいいとされているが、その平均にこだわる必要はない。眠りの浅い深いもあるし、疲れ具合によっても睡眠時間は異なってくる。さわやかに目がさめる時間が、自分の体が必要としていた睡眠時間なのである。」

三九、「睡眠十分に腹八分、スポーツ六分」

四〇、「最後に、私からみなさんへの健康標語。『睡眠十分に腹八分、スポーツ六分で快適生活』

睡眠がどれほど大事かは、前述したとおり。腹八分は、昔から健康の元とされているもの最近は腹七分という医者もいる。しかし、腹七分では食べた気がしないので、いつもイライラすることになりかねない。

それでは食事がストレスを生み出す元になってしまうので、腹はやはり八分で。

スポーツ六分は、たとえば百メートルを十一秒で走れる人の場合、十七秒程度で走るのが六分の運動になる。ラジオ体操でジワーッと汗をかく程度は四分の運動である。ただし、これには個人差があるので、自分の体力と十分に考え合わせて行うことが大事で、間違っても無理はしないこと。また、計画的にならない運動を心がける。」

(三五ないし四〇部分は三三〇頁) 被告の表現

一、「私の『ぐうたら健康法』のすすめ」

二、「休日は中年“粗大ゴミ”で」

三、「最近、働きざかりの中年の突然死の話しをよく聞くようになりました。ある調査によれば、中年の八人に一人は突然死の可能性があるそうです。」

四、「突然死を分析してみると、五〇パーセントが心臓の病気(心筋梗塞などの虚血性心疾患)で、三五パーセントが脳血管の病気(脳梗塞、脳出血)です。」

五、「とくに三十歳代の男性に心不全が多く、女性は脳血管の病気になるものが多いのです。」

六、「この突然死の主原因はなんといっても働きすぎです。とくに中年層は中間管理職で、毎日夜遅くまで残業をし、休日も仕事のことが頭から離れない人が少なくありません。こうした仕事づけの生活が続くと、ストレスがたまり、「ある日、突然に……」ということになってしまいます。」

七、この対策としては、小手先の対症療法では間に合いません。思い切って意識を変え、生活全体を変えなければなりません。

“働き中毒”から“ぐうたら”への「意識革命」を、仕事中心から健康中心の生活への「ライフスタイルの革命」を提案します。

八、「休みの日には、思い切り休む。何もしてなくていいのです。家でゴロ寝の中年“粗大ゴミ”を実践する。

この“ぐうたら”こそ、現代のストレス社会を生き抜く最大の生活維持法なのです。」

九、「三十歳を過ぎたら生活を見直す。」

一〇、「あなたは、健康のためには、スポーツが絶対に必要であると考えてはいませんか。」

一一、「一般に『健康になるためにスポーツをする』ということが強調されていますが、むしろ逆に「健康だからスポーツをする」ということも考えられるのです。」

(一ないし一二部分は一八八頁ないし一八九頁)

一二、「寿命を縮める最大の原因は過労です。仕事でクタクタに疲れているのに、過度なスポーツをするのは、まさに自殺行為です。」

一三、「スポーツの長所が生かせるのは若くて健康な人だけです。三十歳を過ぎたら生活全体を見つめなおして下さい。」(一二ないし一三部分までは、一九〇頁)

一四、「肥満に効果のある減量法

『肥満は罪悪だ』『肥満者は社会的落伍者だ』という考え方が、アメリカでは広まっています。

これは『自分の体の管理もできない人間に仕事ができるはずがない』という価値観からきています。『健康でなければインテリではない』『肉体がスマートでなければトップに立てない』という考え方です。

肥満の解消のため、ジョギングがブームになっています。しかし、ジョギングはかえって逆効果になる場合もあります。運動が激しくなるにつれて、体の糖分の消費率が高くなり、脂肪の消費率が落ちてしまうからです。

肥満には、食前の軽い運動が効果的です。体力の限界の約四割程度の軽い運動が適しているのです。約四割というと、毎分八十メートル、つまり時速四・八キロぐらいで歩く程度です。普通に歩くのが時速四キロぐらですから、それよりわずかに速い程度で歩くことです。この程度なら、心臓に負担をかけることは少なく、効果的な減量法となります。肥満を罪悪と考え、体力の限界ギリギリの運動をするのではなく、普通よりやや速く歩くような軽い運動を“ぐうたら”精神でやるほうが、ずっとよいのです。」

(一四部分は、一九〇ないし一九一頁)

一五、「こういう人は、性格それ自体を“ぐうたら”にするよう意識変革する必要があります。」(一五部分は、一九二頁)

一六、「現代人は、日夜、多様なストレスにさらされています。気分転換のへたな人は、蓄積したストレスが自立神経失調やホルモン変調の主因となり、病気を誘発することにもなります。」(一六部分は、一九一頁)

一七、「意識をきちんと変革できれば、簡単に実践できるのが、私のぐうたら健康法なのです。」

一八、「ぐうたら九カ条の実践を。」

一九、「『ああしなければ……』『こうしなければ……』と、罪悪感に陥るような“健康法”から、意識を一八〇度変換して、次の『ぐうたら九カ条』を実践しましょう。」

二〇、「一、スポーツはライト感覚で」

二一、「スポーツは楽しみながらやるべきです。あくまでも心のリフレッシュするためだと考えて、ライト感覚で楽しみましょう。」

二二、「気分転換のはずのスポーツが苦行になってはいけません。子供の遊びのように気ままにやるのがよいのです。」

二三、「規則正しい生活は職場だけでたくさん」

(一七ないし二三部分は、一九二頁)

二四、「多忙な現代人の健康を救うのは不規則な生活です。……無理をしなければならない規則正しさこそ健康を損ねてしまいます。健康にとって問題は、疲れが残るか残らないかということなのです。常識的で規則正しい生活にとらわれないで、臨機応変な生活リズムにすることが大切です。」

二五、「三、決めない生活をつくろう」

二六、「『決めること』が健康に悪いのです。いつも『決めたこと』に追われてしまうからです。予定表通りの生活でなく、できれば出たところまかせにしてみましょう。たまには、アポイントを取らない生活もよいものです。」

二七、「四、効率は非効率に通じる」

二八、「会社での仕事は、効率よく利益をあげるために、コンピューターが導入されています。たしかに、それで効率がアップしているのでしょうか、その効率第一主義がプライベートな面まで入ってきてはいけません。とくに、スポーツで効率アップを目ざすと、体を悪くしてしまいます。ときにはムダの効用を考えてみましょう。」

(二四ないし二八部分は、一九三頁)

二九、「五、健康を思えば“ぐうたらホリデー”」

三〇、「一見体によいと思われることをしている人は、何もしない人を「不健康」と決めつけることがあるが、これは疑問です。何もしない日をつくることも重要なのです。何もしないで、ただ睡眠や休息をとるだけの時間がなければ、スポーツをする必要はありません。休日は“ぐうたら”に徹しましょう。」

三一、「六、反社会的道楽のすすめ」

三二、「真面目な努力家ほどストレスに起因する病気をかかえてします。この常識からくる病気に勝つためには、道楽で凌ぐしかありません。ゴルフでも麻雀でも何でもかまいません。溺れこんでこそ道楽といえるのです。遊びに徹して道楽をしてみましょう。」

三三、「七、気がむけば歩こう」(二九ないし三三部分は、一九四頁)

三四、「何かスポーツらしいスポーツをしなければ、と思ってはいませんか。そんなに身構えないで、気軽に歩くだけでよいのです。歩行は全身運動だから、心臓を無理なく働かせ、全身の血流をよくします。しかも体への負担が少ないので、休日のスポーツとしては最適です。ただ、歩くことが計画的にならないようにしましょう。あくまでも気が向けば実行すればよいのです。」

三五、「八、親が死んでも食休み」

三六、「『食べてすぐ寝ると牛になる』といって行儀に悪さをたしなめることわざがありますが、本当は、食後は横になって体を休めるのが健康によいのです。

肝臓はその機能を果たすために、胃と同じように大量の血液を必要としています。体を横にすると、肝臓に流れ込む血液の量が二〇パーセント増加します。その結果、傷んでいる肝臓の細胞を修復する効果が出てくるのです。さあ、食後は横になって、胃や肝臓に大いに血液を送り込みましょう。」

三七、「九、不眠は永眠のはじまり」(三四ないし三七部分は、一九四頁ないし一九五頁)

三八、「ストレスの多い今日、不眠を訴える人が増えています。睡眠時間は一般的に七~八時間がよいとされていますが、この平均にこだわる必要はありません。さわやかに目が覚める時間が、自分の体が必要とした睡眠時間なのです。眠れないと思っていても、必要な睡眠はとれていることもあります。重症の不眠症の人以外は、あまり不眠を気にしない方がよいでしょう。」

三九、「睡眠十分に腹八分、スポーツ六分で快適生活」

四〇、「体が要求している睡眠を十分にとることがどれほど大事かは、いまさらいうまでもありません。ぐっすりと眠って休養をとりましょう。

また、腹八分は昔から健康の元とされています。最近では腹七分という医者もいますが、腹七分では食べた気がしないのでイライラすることになりかねません。それでは食事がストレスを生み出す元となってしまうので、腹はやはり八分がよいでしょう。

そして、スポーツは六分の力でやりましょう。百メートルを十一秒で走れる人が、十七秒で走るのが六分の運動です。ラジオ体操で少し汗をかく程度が四分の運動ですから、これを目安に六分の運動を心がけましょう。

睡眠、食事、スポーツの最適なバランスは『睡眠十分に腹八分、スポーツ六分で快適生活』とおぼえておきましょう。

最後に、スポーツはあくまでも自

分の体力を十分に考え合わせた上で行うことが大切です。間違っても無理をしないこと、そして、計画的にならない運動を心がけることがポイントです。」

(二六ないし四〇部は、一九六ないし一九七頁)

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